ディレクター ラヴ・ディアス

スロー・シネマ、長回しの美学

ラヴ・ディアスは「スロー・シネマ」の代表的な作家に数えられる。多くはモノクロ、固定されたカメラ、そして一場面を一つのフレームのなかで持続させる長回し。彼はしばしばワンテイクしか撮らない。やり直しのきかない緊張のなかで、演技は「演じる」ことを超え、起きてしまった出来事の記録になる——演劇のように、なされたことは取り消せない。

彼はプロの俳優と非俳優を意図的に混ぜる。非俳優のぎこちなさ、その原初的な反応が画面に緊張を呼び込むからだ。カメラはディアスにとって「窓」であり、80億の物語が同時に動く世界から、ごく具体的な一つを切り取る装置である。だからこそ彼は言う——自分の映画はむしろ「とても短い」、人生のほんの一部を見ているにすぎない、と。

「歴史からは逃れられない」

ディアスは、自作を「とても寓話的だ」と語る。各作品は、歴史がいかに人間性を形づくり、私たち一人ひとりがその縮図であるかをめぐる言説だという。「すべては結果である」——彼はそう言って、歴史からは誰も逃れられないと説く。

『ノルテ、歴史の終わり』のファビアンに、彼はマルコス的なファシズムの芽を見る。それは過去の話ではなく、いまなお進行している現実だ——というのが、ディアスの立場である。

「人生こそメロドラマ」

ディアスにとって、人生とはメロドラマにほかならない。理性よりも感情が先に立ち、私たちはそれを知的なものへ反転させようとし続けるが、メロドラマは毎日くり返される。仕事を失った父が酒を飲む。友が中毒に沈む。大統領が国の金を横領する——その悲しみのすべてが、彼の言う「メロドラマ」だ。リアリティこそ、人間の存在のもっとも原初的な側面だという。

「「国際映画」などというものはない」

ナショナル・シネマもインターナショナル・シネマもない——あるのはただ「映画」だけだ、とディアスは言う。黒澤明の『羅生門』が真実の相対性を、大島渚の『愛のコリーダ』が制度の価値観への批判を、文化を越えて差し出すように。境界線も民族も消えたあとに残るのは、人間と、人生そのものである。

「神話づくりという病」

『マゼラン』に向けて、ディアスはより踏み込んだ主張を述べている——フィリピンの最大の問題は「神話づくり」である、と。国民的英雄ラプ=ラプは王フマボンの創作にすぎなかったのではないか。史料のつじつまは合わない。その意味で本作は一種の修正主義になる、と彼は認める。同じ神話づくりの装置が、のちにマルコスやドゥテルテのようなデマゴーグを生んだ、とも。

人と歩み

ミンダナオから

1958年12月30日、フィリピン南部・コタバトのコロンビオに生まれる。幼少期は、ムスリム武装勢力と政府軍が衝突するミンダナオの紛争のただ中にあり、一家はより安全なタクロンへと移った。教師だった両親のもとで育ち、1980年、コタバト市のノートルダム大学で経済学の学位を得る。

やがてマニラに出て、雑多な仕事をしながら音楽や映画について書き、新聞のコミック欄の編集にも携わった。「南の虹(バハグハリン・ティモグ)」の筆名で発表した短編小説は、1990年のパランカ賞を受けている。映画より先に、まず書く人だった。

映画への道

マルコス独裁下、リノ・ブロッカの『マニラ、光る爪』(1975)に触れたことが映画を志す契機になったと、ディアス自身が振り返っている。1985年、焼身する僧に着想を得た3分のスーパー8短編『バンラウ(清め)』を撮り、1980年代後半はマニラ・スタンダード紙の映画批評家として筆をふるった。のちにニューヨークへ渡り、映画製作をさらに学ぶ。

長編デビューは1998年の『バリオ・コンセプシオンの犯人』。当初はスタジオの枠内で低予算作を撮っていたが、やがてその枠を破り、自分の時間と方法で撮る作家へと変わっていく。

長尺という方法、そして世界の評価

2001年の『ウェスト・サイド・キッド』、2004年の『あるフィリピン人家族の創生』で、後に代名詞となる超長尺が現れる。『エンカントスの地の死』(2007)はヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門で金獅子賞特別表彰、『メランコリア』(2008)は同部門のグランプリに輝いた。

国際的な注目を決定づけたのは、2013年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の『ノルテ、歴史の終わり』。続いて『昔のはじまり』(2014)でロカルノ金豹賞、『痛ましき謎への子守唄』(2016)でベルリン銀熊賞(アルフレッド・バウアー賞)、同年の『立ち去った女』でヴェネツィア金獅子賞を受けた。

Filmography

長編

1998
バリオ・コンセプシオンの犯人※
2:12
1999
バーガー・ボーイズ※
1:52
1999
月の下の裸身※
1:50
2001
ウェスト・サイド・キッド※
  • シンガポール国際映画祭 作品賞
  • ブリュッセル国際映画祭 グランプリ
5:15
2002
革命家ヘスス※
1:52
2004
あるフィリピン人家族の創生※
  • ガワッド・ウリアン賞
10:24
2006
エレミアス(第一の書:トカゲ姫の伝説)※
  • フリブール国際映画祭 審査員特別賞
8:39
2007
エンカントスの地の死※
  • ヴェネツィア国際映画祭 オリゾンティ部門 特別表彰
9:01
2008
メランコリア※
  • ヴェネツィア国際映画祭 オリゾンティ部門 グランプリ
7:27
2011
風の女※
2:00
2011
出産の世紀※
  • シネマニラ国際映画祭 グランプリ
  • ヴェネツィア国際映画祭 正式出品選出
5:59
2012
フロレンティナ・ウバルド、CTE※
  • 全州国際映画祭 NETPAC賞(最優秀アジア映画)
  • イメージ・フェスティバル(トロント) 作品賞
6:06
2013
ノルテ、歴史の終わり
  • カンヌ国際映画祭 ある視点部門選出
4:10
2014
昔のはじまり
  • ロカルノ国際映画祭 金豹賞
  • アジア・フィルム・アワード 監督賞ノミネート
5:39
2016
痛ましき謎への子守唄
  • ベルリン国際映画祭 銀熊賞(アルフレッド・バウアー賞)
  • ベルリン国際映画祭 金熊賞ノミネート
8:09
2016
立ち去った女
  • ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞
3:49
2018
悪魔の季節※
  • ベルリン国際映画祭 金熊賞ノミネート
3:54
2019
静止※
  • カンヌ国際映画祭 監督週間選出
4:43
2020
ジーナス・パン(種、獣)※
  • ヴェネツィア国際映画祭 オリゾンティ部門 監督賞
2:37
2021
ハの物語※
4:33
2022
フィリピンの暴力の物語※
  • FIDマルセイユ 正式出品選出
6:49
2022
波が引いたあとで※
  • ヴェネツィア国際映画祭 アウト・オブ・コンペティション選出
3:07
2023
湖の本質的真実※
  • ロカルノ国際映画祭 コンペティション部門(金豹賞)ノミネート
3:35
2024
ファントスミア(幻臭)※
  • ヴェネツィア国際映画祭 アウト・オブ・コンペティション選出
4:05
2025
マゼラン
  • バリャドリッド国際映画祭(セミンチ) 金スパイク賞(同点)
  • カンヌ国際映画祭 カンヌ・プレミア部門選出
  • ニューヨーク映画祭 メインスレート選出
  • アカデミー賞(第98回) 国際長編映画賞 フィリピン代表選出
2:40
2026
お通しください、ご先祖さま
  • ヴェネツィア国際映画祭 ヴェネツィア・オープン部門(コンペ外)選出
  • 第31回釜山国際映画祭選出
  • 第39回東京国際映画祭選出
2:31

短編・ドキュメンタリーほか

1985
バンラウ(清め)※
0:03
1988
ステップ・ノー、ステップ・イエス※
—
2009
蝶は記憶を持たない
1:01
2011
革命からの来訪者への哀歌※
1:20
2014
嵐の子どもたち(第一の書)※
2:23
2015
終わりの前日※
0:16
2018
ラクバヤン(一篇「汚れ」)※
—

進行中・近作

  • An Amazonプリプロダクションデュマの短編を翻案する、監督初の英語作品。フィリピンで撮影予定
  • Kawalanポストプロダクション
  • Henrico's Farm進行中
  • The Sacrifice出演(俳優デビュー)心理ホラー作品

※ 仮題、確認中

受賞・栄誉

  • グッゲンハイム・フェロー(2010)
  • プリンス・クラウス賞、オランダ(2014)
  • ラドクリフ・フェロー、ハーバード大学(2016–17)
  • 米映画芸術科学アカデミー会員(2017)
  • FAMAS 生涯功労賞(2018)
  • ガワッド・ウリアン 生涯功労賞(2021)

出典と参考

編集方針:経歴・作品・受賞などの事実は出典に基づいて記し、断定よりも問いを、不確実なところは不確実なものとして示した。神話づくりや修正主義といった踏み込んだ主張は、すべて監督ディアス自身の発言として提示している。引用はせず、地の文はすべて当サイトの言葉による要約・翻訳である。

監督・脚本・撮影・編集・美術・衣装

ラヴ・ディアス

フィリピン映画の「怪物的作家」。しばしば数時間に及ぶ長尺と、静謐な固定長回しで、歴史と暴力、信仰と贖罪を、映画の時間そのものに刻みつづけてきた。

ラヴ・ディアス監督

人と作品を一つにまとめた、ラヴ・ディアスの深掘りページ。経歴や作品の事実は出典に基づき、踏み込んだ歴史解釈はすべてディアス自身の発言として示している。監督ステートメントの全文はこちら

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